周辺幻

沖の監視

2020年で面白かった本とこれから読むであろう本のこと(前編)

仕事納めの帰り道。次回出勤日の前日、1月3日まで、自由を謳歌しよう、それはもうめちゃくちゃに謳歌しよう、限定的な休暇を味わうためなら何だってやってやるぞと息巻いてはいたものの、結局思いつく行動は本を買うことぐらいなのであった。

明日は県内最大の本屋に行く。そして俺は本を買う。そのためには。

 

「ねえ、明日は二人で買い物に行かない?」

 

俺は会話が下手で、困るとあけすけに物を言う。率直を盲信している。誰かを説得しようと試みるときは頭を使わなければならないのに、頭を使おうとすると意識がまどろんできて、率直に逃げる。意識がまどろんでくるとなぜ自分は目の前の相手を説得したいのか、なぜ目的達成したいのか、即ちこの場合、なぜ本屋に行きたいのかうやむやになり、当初の意思は冬の夜にとろける。三十一歳の大黒柱としては絶対的に自我が脆弱なのである。

 

「買い物って、私を追い払って、ひとりでまた読みもしない本を買うんでしょう」

「違うよ。そんなことはないよ。僕は二人で買い物に行かない?って言ったじゃないか」

「じゃあ、クレ・ド・ポーボーテの化粧水とできればヴォリュプテシャインも欲しいんだけども、6番の色の」

 

 人間知らない単語が複数出現すると理解度が著しく衰退すると言ったのは誰だったか。ヴォリュプテシャインはイヴ・サンローランの口紅だが(「ぼるぷてシャイン?」「ヴォリュプテシャイン」「ぼるぷて?」「ヴォリュプテ」と云う平凡な押し問答が小さなリビングにこだました)それは必要経費として、愛の実証として、もう買うのは全然構わない。むしろ俺はヴォリュプテシャインを買いたい。その結果、気兼ねなくジュンク堂のフロアを回って本が買えるんなら、そりゃあ願ったり叶ったり、家庭もハッピーで良いことづくめである。

 

「じゃあ買ってくれるんだ。嬉しいな」

「でもね、僕は化粧品のフロアが苦手なんだよね、だからさ、買うときは俺は車で待機してようかなあ」

「えっ、一緒に行くんじゃないの、なにが嫌なの?デパート楽しいよ」

「いや、嫌ってわけじゃさあ、決してないんだけども、あえて云うなら白い床の光沢にね、僕を遠ざける原因があるんじゃないかと。ほら、僕はパチンコ店が凄く苦手じゃないか、あれは金銭のウェーブを銀玉に託すっていう愚かさではなくてね、もっと単純に激しい人工的な光がとにかくだめなんだよ。目がちかちかしてさ、音もすごいし、ああいう過剰な音と光ってのはそもそも人間の性質に合致してないと思うんだな」

 

 このやり取りが完全に蛇足で、結局俺は口紅の他にイヤリングを妻に贈ることと合成った。

 けれども、とにかく俺は目的を実現した。脆弱な自我よ、ようやった。

 滞在時間、一時間半。わがまま気のままこころゆくまま購入した全二十二冊を見よ!

 

 

 1.『開高健は何をどう読み血肉としたか』

開高健は何をどう読み血肉としたか

開高健は何をどう読み血肉としたか

  • 作者:菊池治男
  • 発売日: 2020/11/21
  • メディア: 単行本
 

  ノープランで大型書店をまわるのは、スマホなしで都営三田線の知らん町で待ち合わせするようなもんであって、一応前日に購入のテーマみたいなものを拵えた。

 丸谷才一『思考のレッスン』を教材に、「とにかく面白くて読みたい本を買う」という単純明快な目標を掲げて、本屋に入店し25分ぐらい過ぎようやく辿り着いた最初の一冊がコレ。

 元来、人が何を好きなのか気になるタチである。又、自分の場合は読み終えたあと、何もかも内容を忘れて生きるのが当然なので、優れた作家がどのようにして本を自身に吸収するか、知りたかった。イン・プット/アウト・プットにに代表される効率主義的な言葉のいやらしさをより感じたい邪悪な魂胆もある。

 

 2.『思考する人』

開高 健 思考する人 (ロング新書)

開高 健 思考する人 (ロング新書)

  • 作者:谷沢 永一
  • 発売日: 2020/02/26
  • メディア: 新書
 

  近年大量の情報を浴びていた。特にブルーライトの光から。これは僕だけじゃなく大多数の人がそうだと思う。その結果、僕の場合はもうぼーっと考えることが出来なくなっている。十七歳の僕は、今よりはずっと深刻そうに考えていた。その浅博な思考は笑ける青春だけれども、どちらが惨めかと問われたら、なかなかすんなり回答することは出来ないだろう。

 

3.『ジーザス・サン』

4.『海の乙女の惜しみなさ』

 

ジーザス・サン (エクス・リブリス)

ジーザス・サン (エクス・リブリス)

 

 

 

海の乙女の惜しみなさ (エクス・リブリス)

海の乙女の惜しみなさ (エクス・リブリス)

 

 ミュンヘン生まれの作家、デニス・ジョンソンの短編集二冊。

『海の乙女の惜しみなさ』のタイトルに先ず惹かれ、ジミ・ヘンドリクスのギターに影響を受けたという作家の動機に惹かれ、書き出しを読んで購入を決めた。信頼する柴田元幸さんが訳者だったのも大きかった。

「酒を分けてくれた、眠りながら運転していたサラリーマン……体じゅうバーボン侵けだったチェロキー……、大学生が操る、ハッシッシの煙霧のあぶくでいかないフォルクスワーゲン……」(ヒッチハイク中の事故)

なんたって仕事納めですもん、こういうの読みたくなります。

 

5.『日没』

 

日没

日没

  • 作者:桐野 夏生
  • 発売日: 2020/09/30
  • メディア: 単行本
 

 小説を買えてほっとしたのか、兼ねてより欲しかった桐野夏生の新刊をここで思い出す。

『OUT』(講談社文庫)は昨年読んだ国内小説で、かなり面白かった。弁当工場に勤めるパートの女達が殺人に加担していく話なんですけど、読む手が止まらなかった。桐野作品の徹底的な態度・冷徹な筆致が可愛い動物達の映像よりも癒される夜が確かにあったんです。

買いたかったものを買えてきたので、ここで漫画フロアに移動する。

 

6.『いきもののすべて』

7.『フジモトマサル傑作集』

 

いきもののすべて〈復刊〉

いきもののすべて〈復刊〉

 

 

 

フジモトマサル傑作集

フジモトマサル傑作集

 

 ジュンク堂に来たのは買いたかった本がない!という事態を極力避けたかったから。東京在住なら新宿の紀伊國屋か池袋のジュンク堂に行っていたと思います。

フジモトマサルさんは、村上春樹さんの本の挿絵で見たときにファンになり『二週間の休暇』という漫画で完全に心つかまれました。桐野作品とは一見違うようで、意外と近しいヒーリング効果がある気がする。ファンタジーとリアリティの割合が絵柄にフィットしている、その手品的な配合。

 

8.『ビリーバーズ2』

 

ビリーバーズ 2

ビリーバーズ 2

 

 山本直樹さんも書店で見つけたらまず手に取ります。本書は未読のため、速攻カゴの中へ。

僕は事前情報無しで彼の作品集を買ってコロナ禍前の満席のスターバックスで読み、そのエロスに思わず後ろを振り返り、こんなものここで読んでいいのかな、とどきまぎした経験があります。でも、読むうちにそんなことどうでもよくなる。周りがどう思うかなんて。

 

9.『僕の小規模なコラム集』

10.『手塚治虫 映画エッセイ集成』

 

僕の小規模なコラム集

僕の小規模なコラム集

 

 

 

手塚治虫映画エッセイ集成 (立東舎文庫)

手塚治虫映画エッセイ集成 (立東舎文庫)

  • 作者:手塚 治虫
  • 発売日: 2016/08/19
  • メディア: 文庫
 

 漫画家が描いた文章、って結構好きなんです。

前者は、乗代雄介さんの(前回と今回の芥川賞候補のひとりで応援しています)ブログで引用されていたのを思い出して、後者は手塚治虫が『バンビ』を50回以上映画館で観たエピソードに代表される狂気的なアニメーションへの偏愛を聞きたくて、購入。二人とも数少ない「声に出して笑える」漫画を描いてくれるので、本当に貴重です。

 

(後半へつづく)