周辺幻

沖の監視

もしボードレールがパンクロック歌手だったなら

めっちゃムカつく。
なんにも分かってない、客も、偉そうな評論家共も。バンドの奴らも。

そもそも、いろんなことから解放されたくて音楽やってんのに、
ノリとか韻律とか、そんなこまけーことに拘泥しやがって。テクに溺れて。
練習時間や成果を観客に嗅ぎ取ってもらいたいなら、パンクをやるべきじゃない、オケでもピアノでもやったらいい。

俺は消えてなくなる前に、暴れたいだけ。
それが俺の音楽。
パリの灰色のお空みたいに、沈痛な顔して終わりを待つのはいやだ。苦しい。

泣きそうだ。もうだめだ。

極彩色の光を浴びて、ライブ中は、俺が俺でなくなる感覚で、
別物になってみたい。できれば光の粒子みたく、めちゃくちゃちっこくなってみたい。
人間はめちゃちっこいのに、イキって、言葉だ芸術だ、と偉そうだ。
いやになる。身の程を知れ。俺含め。

死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!
死ね、死ね、死ね、死ね、死にたまえ。
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!

 

おっ、おーお、おっ、お、おーお、おっ、おっ、

 

ドラムの音が鳴った。

ボードレールはマイクを両手で包み込んだ。

そして、かすれてガラガラになった濁声で言った。

 

「まずは "午前一時に"」

 

C
やつと独りになれた!

G     Em    Am        Fmaj7  G7 C
聞えるものはのろくさい疲れきつた辻馬車の響ばかり。

F  Fm       Am  C   G     
暫くは静寂が得られるのだ、安息とは行かないまでも。

Dm  Em      Fmaj7  G         G7
暴虐をほしいまゝにした人間の顔もたうたう消え失せた、

C         Em        Bm       Cm7
俺を悩ますものはもう俺自身ばかりだ。

 

(『パリの憂鬱』収録の「午前一時に」より抜粋)

 

…なんだお前ら。
半端な顔して、半端に突っ立って。
パリのお空を顔に浮かべてるんだろ?プライド持てよ、その憂鬱に。


… … …。
… … …。


まぁ、分かるよ。お前らの事。
今日は会えてよかったよ。
でも、分かるってのは同じって意味じゃないよ。

お前らと俺は違うんだ。
俺は、もう家に帰る。

 

最後の曲は、テープに録ってあるから、これを流します。
すいません、できますか?

…どうもありがとうございました。じゃ、俺帰るから…。


歌、よかったら聞いてって。
あ。そこのあなた。そう、赤毛の…。「 」のところ、歌ってくれる?

 

ありがとう。
じゃあ。
あなた方でこの歌を完成させてください。Passez une bonne nuit.

 

人生は一つの病院である。
 そこに居る患者はみんな寝台を換へようと夢中になつてゐる。
 或るものはどうせ苦しむにしても、せめて煖爐の側でと思つてゐる。
 また或るものは窓際へ行けばきつとよくなると信じてゐる。
 私はどこか他の処へ行つたらいつも幸福でゐられさうな気がする。
 この転居の問題こそ、私が年中自分の魂と談し合つて居る問題の一つなのである。

「ねえ、私の魂さん、可哀さうな、かじかんだ魂さん、リスボンに住んだらどうだと思ふね?
 あそこはきつと暖かいからお前は蜥蜴みたやうに元気になるよ。
 あの町は海岸うみぎしで、家は大理石造りださうだ。
 それからあの町の人は植物が大嫌ひで、木はみんな引き抜いてしまふさうだ。
 あすこへ行けば、お前のお好みの景色があるよ、光と鉱物で出来上つた景色だ、それが映る水もあるしね。」

 私の魂は答へない。

「お前は活動してゐるものを見ながら静かにしてゐるのが好きなんだから、オランダへ
 ――あの幸福な国へ行つて住まうとは思はないかい。
 画堂にある絵で見てよくほめてゐたあの国へ行つたら、きつと気が晴々するよ。
 ロツテルダムはどうだね。何しろお前は檣マストの林と、家の際に舫もやつてある船が大好きなんだから。」

 私の魂はやつぱり黙つてゐる。

「バタビヤの方がもつと気に入るかも知れない。その上あそこには熱帯の美と結婚したヨーロツパの美があるよ。」
 一言ことも言はない。――私の魂は死んでゐるのだらうか?
「ぢあお前は患わづらつてゐなければ面白くないやうな麻痺状態になつてしまつたのかい?
 そんなになつてゐるのなら、『死』にそつくりな国へ逃げて行かう
 ――万事僕が呑み込んでゐるよ、可哀さうな魂さん!
 トルネオ行きの支度をしよう。いやもつと遠くへ――
 バルチク海の涯はてまで行かう。出来るなら人間の居ないところまで行かう。北極に住まう。
 そこでは太陽の光はただ斜に地球をかすつて行くだけだ。
 昼と夜との遅のろい交替が変化を無くしてしまふ、そして単調を――虚無の此の半分を増すのだ。
 そこでは長いこと闇に浸つてゐられる。
 北極光は僕等を楽しませようと思つて、時々地獄の花火の反射のやうに薔薇色の花束を送つてくれるだらう。」
 遂に、突然私の魂は口を切つた。そして賢くもかう叫んだ、
「どこでもいゝわ! 此の世の外なら!」

 (『パリの憂鬱』収録の「ANY WHERE OUT OF THE WORLD この世の外ならどこへでも」を引用)

 

ライブ終演後、まばらな客に向かって赤毛の女が物販コーナーで叫ぶ。

「よろしくお願いしまーす!全50曲入りです!4000ユーロでーす!ぜひお求めくださーい!」

 

収録曲
1 異邦人
2 老いた女の絶望
3 芸術家の告白の祈り
4 おどけ者
5 二重の部屋
6 人はみな噴火獣を背に負って
7 道化師とヴィーナス像
8 犬と香水壜
9 商売下手のガラス売り
10 深夜一時に
11 野蛮な女と気取った恋人
12 群衆
13 寡婦たち
14 老いた大道芸人
15 菓子
16 時計
17 髪のなかの半球
18 旅へのいざない
19 貧しい子供の玩具
20 妖精たちの贈物
21 誘惑  またはエロス、プルートス、栄光の女神
22 黄昏
23 孤独
24 計画
25 別嬪のドロテ
26 貧しい者の眼
27 英雄的な死
28 贋金
29 気前のいい賭博者
30 縄
31 性向
32 バッカスの杖
33 酔うがよい
34 もうすでに!
35 窓
36 描くという欲望
37 月の恵み
38 どちらが本当の彼女か
39 純血種の馬
40 鏡
41 港
42 愛人たちの肖像
43 粋な射手
44 スープと雲
45 射撃場と墓場
46 光輪の紛失
47 ビストゥリ嬢
48 ANY WHERE OUT OF THE WORLD  この世の外ならどこへでも
49 貧者たちをぶちのめせ!
50 気のいい犬たち