周辺幻

沖の監視

『OUT』

 登場人物それぞれの視点から物語が語られていくので、どの人物にも感情移入してしまう。雅子のきびきびとしたものの言い方は、歯切れが良くて頭が切れて気持ちがいいけど、近寄り難さを周囲に与える。彼女からは、誰をも信頼していないことが伝わってくる。邦子は、欲望を制御できない。派手に化粧を施し、貴金属をまとい、フォルクスワーゲン・ゴルフで通勤する。膨れ上がっていく借金の不安から逃れるように、買い物をし、職場仲間に金をせびり、ついには犯罪に加担する。Chaiのマナが「女は欲深い生き物」って言ってたのを思い出す。どっかにいるぞ、こいつら。いる、すぐ近くに。雅子の夫である良樹の生態に僕はぞっとする。良樹はどこにでもいる会社員だ。彼は家に帰ると、自分の狭い4畳の部屋にこもり、読書やクラシック鑑賞をしている。仕事外では自分の時間を楽しんでいる、とでも言えば聞こえはいいが、妻の雅子の目にはこんな風に夫が映っている。

 

雅子は無防備な自分の背中を、良樹が黙って観察していたのかと不快に思った。最近の良樹は一定の距離を置いて、雅子や伸樹を眺めていることが多い。その距離の取りようが、空気の要塞なのだ。(上巻129P)

 

結婚した頃の良樹は、誰よりも自由でいたい、いつも精神を緊張させて生きていきたいと考える人間だった。会社に肉体を取られても、一人になれば心は豊かで温かな男だった。まだ未熟な雅子を愛してくれていた。雅子もそんな良樹が好きで信頼していた。

だが今は、会社から解放されると、家族からも解放されたがっている。良樹の周囲は確かに汚濁にまみれている。会社は勿論のこと、共働きの雅子も良樹を自由にしなかった。(中略)良樹の精神が高潔な分、ほかの者がついていかないことを諦める気持ちは強いのだろう。しかし、すべてから逃げるのなら、あらゆる関係を断ち切って世捨て人になるしかない。雅子は世捨て人と暮らす気はなかった。 (下巻119P)

 

OUT 上下巻セット