周辺幻

沖の監視

成長したくない 『学びを結果に変えるアウトプット大全』樺沢紫苑

学びを結果に変える、そうタイトルに書いているにもかかわらず、この本を手に取って、読んで、今もやもやした気持ちでいるのは、自分が「成長」とか「結果」とか「成功」という言葉に嫌悪感を抱いているからだ。アウトプットが手段ならば、その目的である「成長」ってものの正体は掴みきれなくて、なんだか実態がなくて、よく分からんのです。「よく分からんのね。ああそう。でも嫌悪感持つ必要はなかろう。なんでなん?」と訊かれたら、うまく説明できる自信はないけれど、それらの言葉にはなーんか押し付けがましさがあるなって感じるんです。とは言っても、「僕は成長したくないんです」だけでは「あっそうっすか。好きに生きてください」の一言で終わってしまうから、もう少し「成長」を具体的に考えてみると、例えば高校時代ギターを毎日触っていたらバレーコードを弾けるようになるのは嬉しかった。それによって、ブルーハーツの大半の曲を弾くことができるようになったからだ。『月の爆撃機』はA,D,Eのスリーコードで弾けるにも関わらず美しかったから(もしかすると3コードだから美しいのかもしれない)満足もしていたけれど、やっぱり、『皆殺しのメロディ』の「夜の闇に悲鳴を上げた少年が今オオカミになる♪」の大サビの昂りをFが弾けることで、なぞることができたのは嬉しかった。それはギターの技術が「成長」したからなのかもしれない。他にも、知らない言葉を覚えたり、知らない場所を訪ねたりして、「成長」して、新種の感情を獲得できるのだとすればそれは有意義だと思う。ただ、それがやはり「成長」や「結果」みたいな言葉に収斂されるとどうも居心地の悪さというか落ち着かないそわそわした感じを僕は持ってしまうのだった。「結果出せよ?」口を閉じろ、民間人。

本書は、精神科医で作家でもある著者がアウトプットの価値や、その具体的なノウハウを80もの方法でまとめたもの。何かこの本で新しいことを学んだ、というよりも、すでに自分が実践していた内容を権威ある人に改めてそれらは大事なんだよ、と背中を押されているような感覚で読み進められ、安心した。といっても、「挨拶する」とか「人に感謝する」とかそりゃそうだろ、みたいなことが書かれているから、ある程度、みんな出来ていることだとも思うのだけど。でも、本書は「挨拶がいい」でもちろん終わることはなく、なぜ人に挨拶するのがいいか・なぜ人に感謝するのがいいかということを、心理学者エリック・バーンの提唱する考えやセロトニンやらオキシトシンなどの脳内物質が分泌されるからだよー、などといちいち意味付けしてくれるので「ははー、心理学や脳科学的にも挨拶や感謝することは正しいことなんすね」と日本酒をのみながら、思った。挨拶がいいのはわかるけど、「挨拶がなぜ良いか」を説明できる能力は頭のいい人の特徴って気がするし、自分は全く持って説明能力というものを持ち合わせていないので、頼もしい限りだ。これが結果出すってこと?結果出すことなんだろね。

僕が本書で一番知りたかった「書く」という分野については、アマゾンのレビューとかツイッターとか駆使してどんどんインターネット上に公開しなさい、みたいな助言がなされていたので、あまり人の目とかは気にせずに(なにせたくさんのアウトプットで現代社会は埋め尽くされている)やっていってもいいのかなあ、と考え、とにかく文字をタイプしている。手を動かすのは何にせよ良いことだ。

最後:ブログのタイトルはラモーンズの楽曲「I Don't Want To Glow Up」から取りました。こちらもコードを4つほど覚えていれば弾ける曲です。誰でもちょっとギター触っていれば弾ける曲ってのは、親切だし、貴重ですね。

 

 

 

 

 

『OUT』

 登場人物それぞれの視点から物語が語られていくので、どの人物にも感情移入してしまう。雅子のきびきびとしたものの言い方は、歯切れが良くて頭が切れて気持ちがいいけど、近寄り難さを周囲に与える。彼女からは、誰をも信頼していないことが伝わってくる。邦子は、欲望を制御できない。派手に化粧を施し、貴金属をまとい、フォルクスワーゲン・ゴルフで通勤する。膨れ上がっていく借金の不安から逃れるように、買い物をし、職場仲間に金をせびり、ついには犯罪に加担する。Chaiのマナが「女は欲深い生き物」って言ってたのを思い出す。どっかにいるぞ、こいつら。いる、すぐ近くに。雅子の夫である良樹の生態に僕はぞっとする。良樹はどこにでもいる会社員だ。彼は家に帰ると、自分の狭い4畳の部屋にこもり、読書やクラシック鑑賞をしている。仕事外では自分の時間を楽しんでいる、とでも言えば聞こえはいいが、妻の雅子の目にはこんな風に夫が映っている。

 

雅子は無防備な自分の背中を、良樹が黙って観察していたのかと不快に思った。最近の良樹は一定の距離を置いて、雅子や伸樹を眺めていることが多い。その距離の取りようが、空気の要塞なのだ。(上巻129P)

 

結婚した頃の良樹は、誰よりも自由でいたい、いつも精神を緊張させて生きていきたいと考える人間だった。会社に肉体を取られても、一人になれば心は豊かで温かな男だった。まだ未熟な雅子を愛してくれていた。雅子もそんな良樹が好きで信頼していた。

だが今は、会社から解放されると、家族からも解放されたがっている。良樹の周囲は確かに汚濁にまみれている。会社は勿論のこと、共働きの雅子も良樹を自由にしなかった。(中略)良樹の精神が高潔な分、ほかの者がついていかないことを諦める気持ちは強いのだろう。しかし、すべてから逃げるのなら、あらゆる関係を断ち切って世捨て人になるしかない。雅子は世捨て人と暮らす気はなかった。 (下巻119P)

 

OUT 上下巻セット

aikoの磁石を聴いて

この曲を聴いた時、たぶんaikoは本当のことを書いたのではないかなと思った。「磁石」のAメロは速い展開であっという間に歌詞が流れ気がつげはサビって感じなので、3回目くらいまでは何を言っているのかほとんどわからなかったが、20回くらい聴いて歌詞を読んだ今も改めて彼女は本当のことを書いたのだと思っている。それは、歌詞に歌手の個人情報やファンしか知らないようなメッセージが散りばめてありそれを僕が「解読」したからではなく、ギターの音や、部屋で独り言つように捲し立てられる歌い方に、何か訴えてくるものを勝手に感じ取ったから。

 

2番の歌詞。「匂いの散らばるジャケット 帰って来たらいつもバツが悪そうに椅子に丸まって」と言う歌詞は、なかなか想像しにくい描写だ。普通に読んだら、夜遅く女の香りをまとわせて帰宅した、別れを見越して開き直っている浮気男を連想する。でも、曲は「膨れたポケット ろくなもんじゃない 多分「それなに?」と聞く私もいない」と続くから、分からなくなる。この歌詞が実際の出来事だとするなら、ろくなもんじゃない膨れたポケットを「あたし」が指摘することはなかった訳だ。しかも、「多分「それなに?」と聞く私もいない」と続くのだから、このシチュエーション自体が想像で、勝手に最悪な未来を想像して打ちひしがれているんじゃないかと思う。

じゃあ、やっぱりこの曲は本当のことなんか書いてないじゃん、となるんだけど、この整合性の無さになーんか妙な迫力がある。恋に落ちている時は世の常識が機能しないので、「あたし」は錯乱の状態にある。膨らんだポケットを見た瞬間が「あたし」にとっての恋の一番苦しかった時とするならば、「あたし」は消えてなくなりたい、と願ったり、ありえない風景を思い描きそれを現実と認識してしまっていても何ら不思議でない。それは、むしろ当然の心理状態だ、と僕は思う。

PVの57秒のaikoの体勢は、失恋を歌によって昇華させ前に進むと云うよりかは、その時の記憶をむりやり引きずり出そうとしているように見える。イタコみたいに。だから、当時の自分に憑依しつつ当時の自分が創り出した幻覚を歌う、と云う二重の記憶を歌っているのではないか。だから、「多分「それなに?」と聞くあたしもいない」なのだ。

 

繰り返し歌われる「あなたを大好きなあたしがいるのは あなたにずっと憧れていたから」は100%のキラーフレーズで、自分で自分を説き伏せようとしている感じが切実で哀しい。

改めて繰り返しますが、これは僕の解釈で、おそらく大いなる誤読だけれど、それはメロディの展開と歌唱の迫力がもたらした誤読。

とにかく、胸に残る曲です。

2020年で面白かった本とこれから読むであろう本のこと(後編)

11.『ねじ式

12.『紅い花』

 

ねじ式 (1) (小学館文庫)

ねじ式 (1) (小学館文庫)

  • 作者:つげ 義春
  • 発売日: 1994/12/14
  • メディア: 文庫
 

 

 

紅い花 (1) (小学館文庫)

紅い花 (1) (小学館文庫)

  • 作者:つげ 義春
  • 発売日: 1994/12/14
  • メディア: 文庫
 

 寝室の電気を消して枕元の薄ぼんやりとしたランプの灯りで読書をするのが好きで、おかげで視力は年々悪くなっているが、至福の時間なのでやめられない。つげ義春の漫画や旅行記を眠る直前まで読めば奇妙な夢をみることは確約されたも同然である。

 

13.『バフチン カーニヴァル・対話・笑い』

14.『ドストエフスキーの創作の問題』

 

増補 バフチン (平凡社ライブラリー)

増補 バフチン (平凡社ライブラリー)

  • 作者:隆, 桑野
  • 発売日: 2020/03/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

 バフチンもまた丸谷才一経由で知った文学研究者・思想家である。彼が死ぬとき、目が見えないので『デカメロン』の一話を朗読してもらうんですが、その選んだ一話は、神父の前で自分がいかに徳を積んだか尊敬される人物であるかでたらめを告白し、死後聖者としてみんなから本当に尊敬されてしまうというもの。そのエピソードが好きで、買いたい本リスト入れておいた。

 

15.『夢・アフォリズム・詩』

16.『絶対製造工場』

夢・アフォリズム・詩 (平凡社ライブラリー)

夢・アフォリズム・詩 (平凡社ライブラリー)

  • 作者:F.カフカ
  • 発売日: 1996/06/12
  • メディア: 文庫
 

 

 平凡社ライブラリーの本って、なーんか頭よくなった気がしますよね。

バフチンの本がなかなか見つからなくて、その間に、見つけた面白そうな本二冊です。『夢・アフォリズム・詩』は二冊目の購入ですが、手元に今ないので置いておきたくて。カフカアフォリズムは、いいですよ。「すげー」よりも「わかるわかる」ってなります。

 

17.『笑ゥせぇるすまん

 

 みなさまAbemaTVのしくじり先生の「キングオブう大」は観られましたか?

ザ・マミィのコント終わりのオードリー若林さんの感想で「はじめて笑ゥせぇるすまんを観たときの衝撃」みたいなことを言ってらっしゃったので、それが思い出されて購入。ブラックユーモアは私のコアなんですが、大事にしているだけに、「ブラック・ユーモア」をあたかも称号のように提供されると、身がたじろいで、今まで避けてきました。「藤子不二雄は初期の短編が面白いよ」みたいな評判もほとんど警告のように聞こえてしまい…

そんな陳腐な感情は、いい加減ないがしろにするのが吉だ。 もう令和元年も終わるし。ベランダに雪も積もっているし。

 

18〜20.『白痴』

 

白痴1 (河出文庫)

白痴1 (河出文庫)

 

 

 

白痴 2 (河出文庫)

白痴 2 (河出文庫)

 

 

 

白痴 3 (河出文庫)

白痴 3 (河出文庫)

 

 21.『青い脂』

 

青い脂 (河出文庫)

青い脂 (河出文庫)

 

 前述のバフチンのエピソードより、『デカメロン』を求めて河出文庫の書棚の前に来たのだが、なかなか見つからず、気がつけばこの問題作を手に取っていた。町屋良平が「最高に狂った小説です」とどこかで紹介していて、随分気になっていた。面白さを探究したいと常に思い描いているのに、枠にはまろうとする傾向が自分にはあり、それを脱却するためにも、奔放に書かれたよく分からないものを欲していた。レジに向かうと約3万円。奇しくも、本の雑誌の企画の「図書カード3万円分本を買う」と全く同じ構成をとってしまっていたが、これも枠にはまろうとする僕に相応しいと思い、諦めに似た清々しさがあった。

 

22『たった一人の反乱』

 

たった一人の反乱 (講談社文芸文庫)

たった一人の反乱 (講談社文芸文庫)

 

 今年読んで一番面白かった本です。

面白くて面白くてあまりの面白さに爆発しました。

ここまで読んでいただいた奇特な方、ありがとうございました。最後に衝撃を受けた丸谷才一の読書論を紹介して終わります。

「忙しい時にこそ、本を読む。時間がある時には読んではいけない。時間があるときはぼーっと考える。考えると何を読めばいいか分かる」

正確な文ではないですが、大意は間違いないはずです。

 

2020年で面白かった本とこれから読むであろう本のこと(前編)

仕事納めの帰り道。次回出勤日の前日、1月3日まで、自由を謳歌しよう、それはもうめちゃくちゃに謳歌しよう、限定的な休暇を味わうためなら何だってやってやるぞと息巻いてはいたものの、結局思いつく行動は本を買うことぐらいなのであった。

明日は県内最大の本屋に行く。そして俺は本を買う。そのためには。

 

「ねえ、明日は二人で買い物に行かない?」

 

俺は会話が下手で、困るとあけすけに物を言う。率直を盲信している。誰かを説得しようと試みるときは頭を使わなければならないのに、頭を使おうとすると意識がまどろんできて、率直に逃げる。意識がまどろんでくるとなぜ自分は目の前の相手を説得したいのか、なぜ目的達成したいのか、即ちこの場合、なぜ本屋に行きたいのかうやむやになり、当初の意思は冬の夜にとろける。三十一歳の大黒柱としては絶対的に自我が脆弱なのである。

 

「買い物って、私を追い払って、ひとりでまた読みもしない本を買うんでしょう」

「違うよ。そんなことはないよ。僕は二人で買い物に行かない?って言ったじゃないか」

「じゃあ、クレ・ド・ポーボーテの化粧水とできればヴォリュプテシャインも欲しいんだけども、6番の色の」

 

 人間知らない単語が複数出現すると理解度が著しく衰退すると言ったのは誰だったか。ヴォリュプテシャインはイヴ・サンローランの口紅だが(「ぼるぷてシャイン?」「ヴォリュプテシャイン」「ぼるぷて?」「ヴォリュプテ」と云う平凡な押し問答が小さなリビングにこだました)それは必要経費として、愛の実証として、もう買うのは全然構わない。むしろ俺はヴォリュプテシャインを買いたい。その結果、気兼ねなくジュンク堂のフロアを回って本が買えるんなら、そりゃあ願ったり叶ったり、家庭もハッピーで良いことづくめである。

 

「じゃあ買ってくれるんだ。嬉しいな」

「でもね、僕は化粧品のフロアが苦手なんだよね、だからさ、買うときは俺は車で待機してようかなあ」

「えっ、一緒に行くんじゃないの、なにが嫌なの?デパート楽しいよ」

「いや、嫌ってわけじゃさあ、決してないんだけども、あえて云うなら白い床の光沢にね、僕を遠ざける原因があるんじゃないかと。ほら、僕はパチンコ店が凄く苦手じゃないか、あれは金銭のウェーブを銀玉に託すっていう愚かさではなくてね、もっと単純に激しい人工的な光がとにかくだめなんだよ。目がちかちかしてさ、音もすごいし、ああいう過剰な音と光ってのはそもそも人間の性質に合致してないと思うんだな」

 

 このやり取りが完全に蛇足で、結局俺は口紅の他にイヤリングを妻に贈ることと合成った。

 けれども、とにかく俺は目的を実現した。脆弱な自我よ、ようやった。

 滞在時間、一時間半。わがまま気のままこころゆくまま購入した全二十二冊を見よ!

 

 

 1.『開高健は何をどう読み血肉としたか』

開高健は何をどう読み血肉としたか

開高健は何をどう読み血肉としたか

  • 作者:菊池治男
  • 発売日: 2020/11/21
  • メディア: 単行本
 

  ノープランで大型書店をまわるのは、スマホなしで都営三田線の知らん町で待ち合わせするようなもんであって、一応前日に購入のテーマみたいなものを拵えた。

 丸谷才一『思考のレッスン』を教材に、「とにかく面白くて読みたい本を買う」という単純明快な目標を掲げて、本屋に入店し25分ぐらい過ぎようやく辿り着いた最初の一冊がコレ。

 元来、人が何を好きなのか気になるタチである。又、自分の場合は読み終えたあと、何もかも内容を忘れて生きるのが当然なので、優れた作家がどのようにして本を自身に吸収するか、知りたかった。イン・プット/アウト・プットにに代表される効率主義的な言葉のいやらしさをより感じたい邪悪な魂胆もある。

 

 2.『思考する人』

開高 健 思考する人 (ロング新書)

開高 健 思考する人 (ロング新書)

  • 作者:谷沢 永一
  • 発売日: 2020/02/26
  • メディア: 新書
 

  近年大量の情報を浴びていた。特にブルーライトの光から。これは僕だけじゃなく大多数の人がそうだと思う。その結果、僕の場合はもうぼーっと考えることが出来なくなっている。十七歳の僕は、今よりはずっと深刻そうに考えていた。その浅博な思考は笑ける青春だけれども、どちらが惨めかと問われたら、なかなかすんなり回答することは出来ないだろう。

 

3.『ジーザス・サン』

4.『海の乙女の惜しみなさ』

 

ジーザス・サン (エクス・リブリス)

ジーザス・サン (エクス・リブリス)

 

 

 

海の乙女の惜しみなさ (エクス・リブリス)

海の乙女の惜しみなさ (エクス・リブリス)

 

 ミュンヘン生まれの作家、デニス・ジョンソンの短編集二冊。

『海の乙女の惜しみなさ』のタイトルに先ず惹かれ、ジミ・ヘンドリクスのギターに影響を受けたという作家の動機に惹かれ、書き出しを読んで購入を決めた。信頼する柴田元幸さんが訳者だったのも大きかった。

「酒を分けてくれた、眠りながら運転していたサラリーマン……体じゅうバーボン侵けだったチェロキー……、大学生が操る、ハッシッシの煙霧のあぶくでいかないフォルクスワーゲン……」(ヒッチハイク中の事故)

なんたって仕事納めですもん、こういうの読みたくなります。

 

5.『日没』

 

日没

日没

  • 作者:桐野 夏生
  • 発売日: 2020/09/30
  • メディア: 単行本
 

 小説を買えてほっとしたのか、兼ねてより欲しかった桐野夏生の新刊をここで思い出す。

『OUT』(講談社文庫)は昨年読んだ国内小説で、かなり面白かった。弁当工場に勤めるパートの女達が殺人に加担していく話なんですけど、読む手が止まらなかった。桐野作品の徹底的な態度・冷徹な筆致が可愛い動物達の映像よりも癒される夜が確かにあったんです。

買いたかったものを買えてきたので、ここで漫画フロアに移動する。

 

6.『いきもののすべて』

7.『フジモトマサル傑作集』

 

いきもののすべて〈復刊〉

いきもののすべて〈復刊〉

 

 

 

フジモトマサル傑作集

フジモトマサル傑作集

 

 ジュンク堂に来たのは買いたかった本がない!という事態を極力避けたかったから。東京在住なら新宿の紀伊國屋か池袋のジュンク堂に行っていたと思います。

フジモトマサルさんは、村上春樹さんの本の挿絵で見たときにファンになり『二週間の休暇』という漫画で完全に心つかまれました。桐野作品とは一見違うようで、意外と近しいヒーリング効果がある気がする。ファンタジーとリアリティの割合が絵柄にフィットしている、その手品的な配合。

 

8.『ビリーバーズ2』

 

ビリーバーズ 2

ビリーバーズ 2

 

 山本直樹さんも書店で見つけたらまず手に取ります。本書は未読のため、速攻カゴの中へ。

僕は事前情報無しで彼の作品集を買ってコロナ禍前の満席のスターバックスで読み、そのエロスに思わず後ろを振り返り、こんなものここで読んでいいのかな、とどきまぎした経験があります。でも、読むうちにそんなことどうでもよくなる。周りがどう思うかなんて。

 

9.『僕の小規模なコラム集』

10.『手塚治虫 映画エッセイ集成』

 

僕の小規模なコラム集

僕の小規模なコラム集

 

 

 

手塚治虫映画エッセイ集成 (立東舎文庫)

手塚治虫映画エッセイ集成 (立東舎文庫)

  • 作者:手塚 治虫
  • 発売日: 2016/08/19
  • メディア: 文庫
 

 漫画家が描いた文章、って結構好きなんです。

前者は、乗代雄介さんの(前回と今回の芥川賞候補のひとりで応援しています)ブログで引用されていたのを思い出して、後者は手塚治虫が『バンビ』を50回以上映画館で観たエピソードに代表される狂気的なアニメーションへの偏愛を聞きたくて、購入。二人とも数少ない「声に出して笑える」漫画を描いてくれるので、本当に貴重です。

 

(後半へつづく)

 

アフタートーク

暇さえあれば、ニューヨークのYOUTUBEチャンネルを見ているので、仕事中にも、彼らの声が脳内で流れるようになった。

 

友人Sの脳には、Aマッソが。

友人Kなら、空気階段

友人Dと共に、爆笑問題がディレイする、嗚呼、遥かなる日本言論…

消えた天才Aは、インパルス板倉。

かつての同期は、ダウンタウン

かつての僕は、内村光良

今の脳は、ニューヨーク。

未来の僕は、ウッチャンナンチャン

 

眠りにつく前に、YouTubeチャンネルのラジオを聞く。目は閉じている。20代の頃は、目を閉じていながら意識は覚醒していた。今は、目を閉じると眠りに落ちてしまう。明日も仕事があるからだ。

 

同じ曲をリピートするように、こんなことを考える。

………ランジャタイ、馬鹿よ貴方は、野性爆弾くっきー!、バカリズムバカリズム

数多の芸人達が、ウッチャンナンチャン南原清隆をネタに落とし込み、題材にとり、爆発を試みてきたが、志半ばで中断し、また本来のトリッキーな己のスタイルにスムーズに帰って行った。もし、またアメトーーク南原清隆大好き芸人を誰か標榜し実現したとして、それは時の進行のようなものであり、前を見れば道がないことと同質で、リングの魂時代の暴れ南原を知っている編成委員達が首肯く訳はないので、ね、フラジャイルなセンチメンタリズムに過ぎないんだけど、ね、ね、じゃあ南原というカテナチオをどこから切り崩すか、サイドから責めて中央にインしてヘッドしようか、やー、サッカーはめっちゃ嫌い。

ね?

具体的な話をしよう。

 

先ず。大前提として、南原はスタジオに登場しない。「桐島、部活〜」古くは三島由紀夫の「サド侯爵夫人」スタイルで、完全なスケープゴートに仕立て上げる。

 

次。アフタートークも一切なし。

近年はM-1グランプリキングオブコント後の芸人ラジオまでを聴きあさって、やあ、ようやくM-1全て見たって風潮があるけれども、それはRPGの本編だけをクリアしてアイテム収集、「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」のコログ集めの喜びなんだけれ、ね、ども、ね?そこは南原に対する態度、忠誠心、連隊意識、敬意そのもの及び大いなる勘違いを携え、厳密に禁じます。繰り返します。

アフタートークは禁じます。

 

なぜなら、それを許可(よしと)すると、本番の不本意を回収しようとしたり、本番の沸騰を再現しようとして、祭りそのものの価値が減少するからだ。それは、味のなくなったガムを二日噛み続けて「やっば、また甘くなってきた」と天に向かってごちていることだし、遠足は前日や後夜祭が楽しいもんだけれど、ここではやめときましょう。

当日にきっかり照準を合わせましょう、って話。

 

だからね、南原をどうしようかって考えるんじゃなくて、南原を題材に自分たちを考えよう、南原をテーマに絵を描いてみよう、南原を言葉にして内容を決めつけよう。自由を施錠して金銭を思い出にしよう………

 

7時20分、起床。

家を出て仕事に向かう。

通勤中、Bluetoothのスピーカー越しに、ニューヨークがうたう「白い雲のように」を聴く。道中ローソンでおにぎり二個とみそクリームコーンポタージュというガラパゴスカップ・スープを買って、自転車を飛ばす冬の男子学生を見やりながら彼らに背を向け煙草を吸って、ニューヨーク屋敷が浅野いにおについて話していた場面や、M-1が近づくに連れてフェイスシールドからマスクの装着率が上がった緊張を脳はざくざく再生しながら指紋認証でオフィスに入る。

階段を上がり、自席に着きながら

「おはようございます」と僕は言った。

「おはよう」上司がパソコンの画面を見ながら言った。

僕もパソコンの電源をつけ、パソコンの画面を見た。

「おはようございます」新入社員の声がした。僕は声の方向へ向き直り、「おはようございます」と言った。

新入社員は、南原ではなかった。南原ではない新入社員の名前を僕はまだ覚えていなかった。何故なら、新入社員の入社の挨拶は、「ナンバラバンバンバン」ではなかったし、簡潔で要領を得ていたからだった。簡潔で要領を得ていることは、素晴らしいけれども、僕にはそぐわなかった。

「櫻井先輩、あの、どうしたんですか」後輩が言った。

「え?」

「あの、服…、今日はスーツと違うんすね、ね?」

後輩の声は震えていた。

僕は肩に紺のラインが入った白のコットン生地のTシャツと紺のハーフパンツに「さくらい」の刺繍が施された小学生時代の体操着を着ていた。南原氏は夢の住民に戻った。今日は朝から会議。午後イチ、取引先と会う。上司は体操着姿の僕の隣でパソコンの画面を尚見つめている

 

 

わたしの東京(2018年 晩夏)

雨上がり コンクリ娼婦の匂い

スライ&ザ・ファミリーストーンの Mp3の音源とクリーニング屋のバイト

チェーン居酒屋の粉薬っぽいビール 親しみを込めては

懐かしんだり妄想したり 爆音 意味なきアイロニー

モッシュと流行が首都高速道路のようにぎりちょんに入り組んでさ

今晩 何しよう?

トレーディング・カードゲームパクってレンタルビデオショップへ行こっか

公衆電話・切手収集家の裸体デッサン美大

へんな大人が哀れに見えたら一目散に礼!ピンチ! ピンチはチャンス!

パルプ娘がカートリッジに息を吹きかけては

ジョークにしては長く水を吸った鹿の子模様の夢 ありふれた独り

さよなら雨降る東京

賞与なんていらないから長い夏休みをくれ

水平線上の町食堂 雑ナポリタンフーフーして

新潟はパチンコ玉のような大粒の氷雨降り注いで

太陽の胸ぐらを掴んで内股で跳ね上げる映画

幾重にもメス入れた古傷コーティング紐解いては

宅急便の段ボール箱の中に詰めて運んでくれ自宅まで

見張りの見張りの見張りの見張りのブラザーどんな顔なんだろう?一度会ったような

最新アニメのオープニングテーマが 東上線を貫いて

呆けのような時間を守るため先輩は向かっているのだ

当初の予定と違うの?違う声の連続譚 眠ってなんかねぇ

さよなら 雨降る東京

曖昧な純情畑の相談 アングラのカーテンのざわめき

100円ドストエフスキーの美しい饒舌と金色の渦

凱旋パレードと葬式の光景を夢想して黄昏る君も悪くはない

よ、けど、ここらで僕と遊びに行こうよ

単純な町 行ったり来たり 闇雲に動いては どうなったって好きだよ?

さよなら雨降る東京 さよなら雨降る東京